haru-kanaのブログ

会社員→リハビリ→→ホリスティック・セラピストを目指す ~心と体の健康をまるっとサポート~

【つれづれ】ドナドナ?

朝、電車に乗って通勤しているのですが、ふと顔を上げてまわりを見渡すと、ほぼ全員!?というくらい皆がスマホを見ていてびっくりしました。

 

いえ、もうここ数年そんな光景はめずらしくないし、居眠りしている人もおしゃべりしている人もいるから全員でもないのですが、ある日ふと見渡して改めて気づいたその光景に、なんだか少しもぞもぞする感じを覚えたんですよね。(「カルテット」なら、”みぞみぞ”する感じ。)

 

スマホを見ているから、というより、その表情がみんな押しなべて無表情だったのが、なんだか気持ち悪いと感じたのかも。いや、ニヤニヤ笑いながら見てても怖いでしょ、とも言われそうだけど、そうではなく、何かを考えたり行動したりしようとする感じがなくて、ただスマホから流れる情報をただ受動的に見てるような、その人らしさ(言ってしまえば人間らしさ)がどこかに沈んでしまって、人の形をしたモノが電車で工場まで運ばれていっているような。そんなちょっと突拍子もないイメージがふと浮かんでしまったので気持ち悪いと感じたのかな。

 

そういう私も、本を読んでいる時もあれば、スマホを眺めている時もあるので、自分もその一員ではあるのだけど。

 

だからこそ、というか。ふだん気づかないままに流されていってないか気をつけたいなとも思ったり。人のことは良くも悪くも気づきやすいけれど、自分のことはなかなか気づきにくいものだし。

 

いつの間にか忘れてしまいそうなので、これも備忘録的に。

 

f:id:haru-kana-h:20170529190934p:plain

【つれづれ】認知症 忘れるということ

仕事がら、認知症の方と接する機会も多いです。
認知症と診断まではされなくても、年単位でお付き合いしていく中で、少しずつ変化されていく様子を間近でみることは数多くあり。
 
いろいろな要因が挙げられているし、複合的なものだとも思うので、絶対的な原因というものはないのかもしれないけれど。
ただ、自分自身の枠をつくって、いつの間にか固定化してしまっていることが、要因の一つなんだろうなと感じています。
 
変化を好まず、これまでの自分のやり方や考え方、人との関係性など、生活そのものが自分が決めた枠の中だけにおさまってしまい、流動性がなくなると、せき止められた水が同じところでぐるぐると回りつづけ、その透明度も勢いも減退してしまう。
 
それは始めは目に見えないほど、わずかな変化で、次第次第に大きくなり、気づいたときには戻ることが難しいところまでやってくる
 
話が通じない、怒りっぽい、同じことを何度も繰り返す、といった言動も、認知症までには至らなくても、同じように自分を制限していった過程で、気づかぬうちにそうなっていくのだろうなと。
 
人は記憶する生き物で、記憶が自分自身を認識する拠り所だから、それを失っていく、忘れる、ということはどれほど恐いことだろうと思う。自分が自分でなくなっていくような、足元にポッカリ穴が空いて真っ暗な無の中に引き込まれるような、そんな恐怖なのだろうか。
 
若くて健康なときには想像もしなかったこと、想像さえ難しいような状態、だからこそ忘れていく人を相手に、どうして覚えていないんだと責めたり、何度も言わせるなと怒ったりするご家族も。ご家族にとっても、父や母のこれまでの姿が記憶にあるだけに、それを失っていく様子をみるのは辛いだろう。だからこそ、きつく言ってしまったり。
 
間に他人が入った方が、お互いにすこし距離をおいて接することができることもある。
 
そして、少しずつ新しい関係性を築いていく。忘れ行く人と、忘れ行くその姿がその人自身なのだと受け入れる側と、お互いに関係を作り直していく。そしてそれは固定的なものではなく、忘れ行く過程が進んだなら、またそこに合わせて関係性を変化させていく。流動性をもつ関係。
 
固定的だったからこそ、流動性をもっていく。
 
水が留められていた場所から流れ出すように。
 
留まること、固定化されることは、人のあり方に合っていないのだろうなと。動くこと、流れることそのものが生きていること。そんな風に思ったり。
 
なんだかまとまりないけれど、備忘録的に。
 

f:id:haru-kana-h:20170512221352p:plain

【リハビリいろいろ】自分の体と使い方を知る

先日ご紹介した「ヒモトレ」

武術研究家の甲野善紀さんの本を以前から読んでいたことがきっかけで知りました(ヒモトレ発案者の小関勲さんと共著)。

ヒモトレ革命 繫がるカラダ 動けるカラダ

 

病院勤めをしているころ(いえ、病院に限らず施設でも自宅でも)「頑張ってしまう」体の使い方をして、腰や肩を痛めている人が、患者さんだけでなくそのご家族、また医療者であるスタッフにもとても多いことが、ずっと気にかかっていました。

 

わたし自身も、新人として働きはじめた頃に、いわゆるギックリ腰になってしまったことがあったので、「自分のからだの使い方」を意識するようになり、それを人にも伝えることで、すこしでも体の負担を軽く、楽に動かせるようになればと思ってました。

 

心身ともにストレスが多いと、どうしても力の入った姿勢になりやすいし、それが常態化すると、力が入っていることにも気づきにくくなりますよね。

「頑張ること」「意識する(しすぎる)こと」は、アドレナリンが出っぱなしで、心にも体にもゆとりがなくて。動き続けている間はそれでも(気づいていないので)何とかなっちゃうけれど、何かのきっかけでポキッと折れてしまう。

 

だから、ポキッと折れてしまう(=痛みが出てしまう)前に、ふだんから自分の体とその使い方を知ることはとても大切。

 

いろいろな本を読んだ中でも、甲野さんの本はとても実践的で取り入れやすく、効果も実感しやすかったので、自分だけでなく周りの人にもお伝えして、かなりお世話になりました。

 

※たくさん出版されているので、ぜひ本屋さんでご自分に合ったものを見つけてみてください。全部やらなきゃ!ということはなく、自分が取り入れやすいものを一つでもやってみることをおススメします。

甲野善紀 甲野陽紀  驚くほど日常生活を楽にする 武術&身体術 「カラダの技の活かし方」 (DVDブック)

 

「ヒモトレ」の、紐を”ゆるーく”巻くのも、”頑張り過ぎず”、”抜きすぎず”の、ちょうどいい「バランスを無自覚に自覚させる」ためだそうです。

 

また、効果に対して「暗示じゃないか」「気のせいでは」という問いかけに、『「痛みなく動ける」ということが暗示にかかることではなくて、むしろ、それまでの「痛くて動かせない」という暗示がなくなるから動かせる、ということではないでしょうか』と書かれています。

 もう、これは本当に!そうなんです。

「年を取ると膝や腰は痛くなるもの」「なかなか治りにくいもの」といった「思い込み」が実際にそうさせている要素も大きく、これは患者さんだけでなく、医療者側も無自覚に使っている(言っている)ところも影響大だなぁと思います。

 

このあたり、意識ー無意識、皮膚の機能、自己治癒、暗示(思い込み)のキーワードでまたいつか。

 

何はともあれ、病気ではなくても、何となくの不調を感じる方、実際に腰や肩が痛いなど症状を持っておられる方、ぜひ本屋さんで手に取ってみてください。

知っているだけで変わること、というのも、実はかなり大きいです。

 

f:id:haru-kana-h:20170512221354p:plain

【人間関係】肯定から始まること

数ヶ月前から、あるオンラインサロンに入っています。

そこは「肯定ファースト」で、どの人のどんな意見も、その人の表現として、否定されることなく、受け入れられる。そして、そこから様々な意見が集まり、広がり、変容していく。
 
どんな意見でもなんて、ネット上だと面倒なことにならないのか、と思われるかもしれないけれど、全く逆で、そこに集う人達は自然にその在り方でサロンに参加しているので、とても心地よい空間となっています。
そもそも、そういう人たちの集まりなので、意見の相違があっても(そしてそれは当たり前のことでもあり)、人を見下げたり、おとしめたり、といった発言などないので、自分の意見を表現しやすい場となっているんでしょうね。
 
本質を探求することがサロンの目指すところでもあるので、なおそうなのかもしれません。
 
そのサロンにいる人が特別というわけではなく、人はいろいろな面を持っているのだから、そういう場にいることで、より良い面が表に出てくるようになるのかなぁと。
 
人は、自分が意識している以上に環境に影響されていると思うから、人や場を選ぶことはとても大切だし、選ぶことが難しいときには、自分からより良い自分を意識していくことも環境に変化を起こすきっかけになるかもしれない。
 
心地よい環境で、心地よい自分でいられたら、いろんなエネルギーがさらに湧いてくる。
まずは一人一人が自分からそうあろうとすることで、世界がより良い場に変わっていく。絵空事でも、スピリチュアルとかでもなく、実感としてそう感じてます。
 

f:id:haru-kana-h:20170512221403p:plain

子供のころ好きだったおやつベスト3!・・・に絞るの大変です

今週のお題「おやつ」

 

3人兄弟だった(今も)ので、おやつは基本 袋入りのものを分け分けして食べてました。(3人兄弟だからというより、つつましやかな家だったから、とも。)

 

むかし食べていて、でも最近食べてないなぁ、という懐かしのおやつ。10個は軽く挙げられるけど、ちょっと長々となるので断腸の思いで3つに。

 

ブルボン ルマンド

f:id:haru-kana-h:20170522204216j:plain

エリーゼも捨てがたいけど、よりサクサクした感じが好きでコレ。

子供のころは、こぼさないよう上を向いて食べたりしたなぁ。なつかしい。

そういえば、ルマンドアイスが地域限定で出たと聞いたけど、大阪はないのかな?

 

②ヨーグレット   

f:id:haru-kana-h:20170522205717j:plain

これもかなり懐かしい。まだ販売しているのかな?

口の中でゆっくりなめて、段々小さくなってからパリンと割って食べてた気が。

甘ーいのに、ちょっと酸っぱいのが、子供心にツボでした。

 

③風船の形の羊羹

f:id:haru-kana-h:20170522210648j:plain

これも最近はあまり見ないなぁ。和菓子屋さんにはあるのかな?

風船をつまようじで刺して、羊羹をツルンと出して食べる、その工程が遊びゴコロで楽しかったです。

 

買って食べるお菓子も懐かしいけど、家で作ったお菓子もなつかしい。

パンやクッキー、ケーキ、かき氷・・・いろいろ思い出しました。

 味だけじゃなく、匂いや、その時の情景もなんとなく浮かんできますね。

 

ちなみに、今よく食べるお菓子は

f:id:haru-kana-h:20170522211902p:plain

・・・スルメ。

しぶい。でも旨い。

 

 

【リハビリいろいろ】簡単で、安くて、効果のある・・・

いつも思いつくまま、つれづれに書いているので、

たまには、仕事のことも。
 
人のからだに触れる仕事なので、技術的なところもアップデートをしています。
学ぶのは、まずは本を読んで概略を。エッセンスが掴みにくいときは勉強会やセミナーに出かけて体験(体感)してみたり。
自分で試してみて、それから利用者さんに実践させて頂いて効果を確認し。
 
まぁそれはどんな仕事でもやっていることなので、おいといて。
 
 
利用者さん(患者さん)がふだんの生活でも取り入れられて、リハビリの時以外も効果が得られるもの、として、最近はヒモトレ」を使ってます。
 
読んだ本はこちら↓

※より実践的な本もいろいろ出ているので、初めての方はそちらからでも。

 
勉強会などにはまだ参加してなくて、本を読んだだけですが、見よう見まねでも効果は感じられています。
 
まずは簡単!というのが何より。
材料も100円均一で購入できる紐のみ。というお手軽さ。
紐を体にゆるーく巻くだけ(巻き方も色々試してみる感じなので、自由度高い)なので、高齢の方にも取り組みやすい
 
これまで何人かに試していただいて、
 
・長年の猫背、腰痛 
  → 2週間ほど試し、猫背が改善傾向。腰痛も軽減しつつあり。
 
・手の変形による手術後で拘縮強く指が曲がらない 
  → ヒモを巻付けた時は、そうでない時よりも動きやすい
 
・足のむくみ → 夜間就寝時に試し、翌朝ふだんより軽減
 
・軽度の片麻痺で歩行バランスに不安 
  → ご本人が安定感を感じ、歩行姿勢やスピードも良くなる
 
などなど、いろんな変化を感じています。
 
ヒモの巻きかた(どこに、どんなふうに、どのくらい等)も、いろいろ試しているところですが、確かに「こうした方がより効果がある」ということはあっても、逆にこうすると悪いということはなく、試しやすいので、利用者さん(患者さん)と楽しみながら面白がりながら試しています。
 
もちろん、対象者にとって受け取りかたは様々なので、説明はその方に合った形を考えますが、基本的には取り入れやすいものであること、こちらが効果があると興味を持って提示していることが伝わると、導入もスムーズです。
何より、実践してご本人も効果を実感しやすいのが大きいです。
 
業界内では?もうかなり有名なので、ご存知の方も多いと思いますが、もし初めて知ったという方で、たとえば肩凝りや腰痛のような痛みがある場合などは、一度取り入れてみるのもよいかと思います。
難しい運動いっさいなく、100円を投資するだけ、なので。
 
もちろん、ほかにもたくさんのアプローチ方法はありますが、その一つとしてオススメです。
 

【自分をみつめる】思いどおりの身体?

患者さんの身体に触れていて、
あぁ、いまこの部分を動かすと楽そうだなぁとか、ここに触れていると心地良さそうだなぁとか、動きやすく痛みがなくなって楽になれるなぁとか、快の方向、心地好い方向、に自然と導かれることがある。
 
そんなときは、大概、自分も落ち着いていて、気持ちも身体も快の状態で、それが共鳴しているような感じだったりする。
 
なので、自分の体調が悪い日や、何だかイライラしている時、というのは、その共鳴も起こりにくかったりする。どちらかというと、技術でなんとかカバーしようとするというか。
 
なので、ぱっと見には結果は同じように見えたりするけれど、患者さんの表情や、その場に流れる空気感、みたいなものは、なんだかはっきり違っていて。
 
共鳴しているときは、場そのものが心地良いものだったりする。
 
そうすると、患者さんが心地良く楽になるだけでなく、自分自身も心地好く、楽になる。
 
仕事をしていて疲れませんか?と言われることもあるけれど、逆にエネルギーを充填している感じだったり。
 
 
むかしは、一日を終えるとかなりぐったり疲れていたことを思うと、自分のありよう、自分の状態が、仕事をする上で、というか生活していく上で、とても大切なんだなぁ、と実感する。
 
これがもっと当たり前になって、自分だけでなく、まわりの人も共鳴し合えたら、それだけでも、生きやすい世の中になっていきそうだなと考えてみたりする。
 
みんなが心地良く生きる世界。
いいよね、きっと。
 

f:id:haru-kana-h:20170512221356p:plain